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大阪地方裁判所 平成元年(わ)1483号 判決

主文

被告人を懲役八年に処する。

未決勾留日数中七〇〇日を右刑に算入する。

理由

(被告人の身上経歴及び犯行に至る経緯)

被告人は、昭和三一年一月二七日、韓国籍の父Aと日本国籍の母Bとの間の第五子(四男一女の末っ子)として、ソビエト領サハリン州で生まれ、ソビエト市民として成育し、同州の小学校に入学したが、昭和四〇年九月ころ、一家で母の実家のある岩手県一関市に引き揚げ、その翌年大阪に移住した。大阪では、家族と共に、大阪市城東区中浜に居住し、地元の小学校に一年生として編入されたが、日本語がほとんど分らないまま授業を見学しているだけであったうえ、日本語が不自由なこと、父が韓国人であること、極貧で生活保護を受けていることなどを種に級友から馬鹿にされたり、いたずらをされたりして嫌な思いをすることが多かったことから、怠学が目立つようになった。そして、学校をさぼって盛り場を徘徊しているうちに悪友も増え、次第に非行に走るようになった。そのため、繰り返し警察に補導され、小学五年時には教護院に入院させられ、更に同院を脱走中に犯した罪により、昭和四五年一二月二四日初等少年院送致の処分を受けて、宇治少年院に収容された。中学卒業と同時に同少年院を退院したが、間もなく暴力団事務所に出入りするようになり、昭和四八年には正式の組員となった。

昭和五〇年一〇月ころ、仲間の組員から覚せい剤を入手して注射したのを契機に、覚せい剤を連用するようになり、約一年後には、幻聴があったり、猫のしっぽが被告人の苦手な蛇に見えたり(バレイドリア体験)などの幻覚妄想状態を呈するようになっていた。昭和五一年一一月に窃盗、覚せい剤取締法違反の各罪で検挙されて服役し、そのため覚せい剤の使用が一旦は中断したものの、出所すると再び覚せい剤の使用を続けており、その後も覚せい剤関係の事件で服役を繰り返すこととなった。

なお、被告人の前科関係(罰金刑は除く。)及び服役状況は、次のとおりである。

①  昭和四九年一二月一七日大阪地方裁判所宣告、傷害、恐喝及び恐喝未遂の各罪により懲役二年、五年間保護観察付執行猶予(昭和五二年一一月八日執行猶予取消し)

昭和五四年四月二四日刑始期、昭和五六年四月二三日刑執行終了

②  昭和五二年五月九日大阪地方裁判所宣告、窃盗及び覚せい剤取締法違反の各罪により懲役一年六月

昭和五二年一〇月二四日刑始期、昭和五四年四月二三日刑執行終了

③  昭和五八年七月一四日大阪地方裁判所宣告、傷害、暴行及び覚せい剤取締法違反の各罪により懲役一年六月

昭和五九年一月一〇日刑始期、同年九月二七日仮出獄、同年一〇月二六日刑執行終了

④  昭和六〇年一二月一八日東京高等裁判所宣告、暴力行為等処罰に関する法律違反、逮捕監禁、傷害及び覚せい剤取締法違反の各罪により懲役二年六月

昭和六一年一月五日刑始期、昭和六二年九月一〇日仮出獄、同年一二月一八日刑執行終了

被告人は、昭和六二年九月一〇日、前刑を仮出獄により出所して帰阪し、三兄Cの勤務していた鉄工所に勤め、工員として働いたが、約二か月で社長と喧嘩をして辞め、同年一二月デパートで婦人靴販売の派遣店員をしていたDと知り合って、昭和六三年一月から肩書住居地にあるCの所有家屋で同棲を始め、同年六月一〇日同女との婚姻届を了し、同年九月四日同女との間に長女礼子をもうけた。また、同年一〇月一一日ころから同年一二月五日ころまで、実姉Eの夫F経営にかかる書籍表紙の製造加工等を業とするF紙工株式会社に勤務し、工員として働いた。

ところで、被告人は、前記のように、既に昭和五一年に覚せい剤中毒による幻覚妄想症状を呈したことがあったが、前刑服役中はそのような症状を覚えたことはなかったようである。ところが、前刑出所後間もなく頭痛があり、また、幻聴や漠然とした「支配されている感じ」を覚えたりしたことがある。そして、昭和六三年二月ころより覚せい剤の使用を再開したが、その頃から、自宅において、飲酒してコップを割ったり、灰皿を投げつけたり、「来るんやったらいつでも来い。おれが何をしたというのや。」などと誰かとけんかをしているように見える独り言を言うようなことがあり、同年の四、五月ころからは、飲酒のうえテレビを壊したり、電話線を切ったり、湯呑を投げたりなどの暴力を振るうことが次第に多くなっていった。同年の夏ころからは覚せい剤の使用がますます頻繁になり、包丁を柱や天井に突き刺したりなどして暴れることが続き、特に、同年一〇月一五日には、F紙工の入社歓迎会で酔って帰宅し、妻のDをソファーにかけさせ、ナイフを取り出して「精神病院か警察に電話せえ。」とか「別れるかどうか決めろ。」と迫り、その後突然泣き出した。そして、同女が「頭が混乱してわからない。」と言うや、今度は一転して鬼のように恐ろしい表情となり、目をつり上げてにらみつけ、同女の脇腹付近にナイフを構えて今にも突き刺しそうな様相となったが、同女が「私には何もせんと約束したやないの。」と言うと、息を吐いてナイフを同女に渡すということもあった(この時も、窓ガラスを割り、テレビなど多くの家財道具を風呂場に投げ捨て、玄関には下駄箱と米びつを倒し、洗濯機を置いてバリケードを作っていた。)。また、同年一〇月末ころから、親族や知人など周囲の人間に、自分の身体の中に機械(ペースメーカー)が埋め込まれており、自分の行動はすべて警察か国かが監視しており、何者かによって操られているなどと訴えるようになっていた。

昭和六三年一二月六日、被告人が暴れて、独り言を言いながらベビーベットにナイフを突き刺し、更に妻のDの外出中に同女が熱心に信仰している創価学会の仏壇を足で踏みつけて壊し、その本尊を破ったりしたことから、同女は、被告人の行動に恐怖を覚え、長女を連れて実家に帰ってしまい、被告人のもとに戻ろうとしなかった。妻子がいなくなってから、被告人は、ほとんど自宅に帰らなくなり、知人の家に泊まったり、車の中で眠ったり、暴力団事務所で寝たりの、その日暮らしの日々を送るようになり、同月一四日には、知人に「ピストルが手に入らないだろうか。ペーの味を一回覚えたらなかなか忘れることができん。今度出されたら断る自信がない。おれを今まで馬鹿にした奴を殺したい、覚せい剤や麻薬を使用して人殺ししても無罪や。ペーやってみい、他の薬はいらん。ペーと女と酒がなければ生きて行く望みがない。」などと語っていた。そして、同月一六日にはF紙工の食堂に押し入り、昼食中の同社の常務を殴ったり、包丁を構えたりし、同月一八日にはF紙工の取引先であるG工芸に現れて暴れた。

昭和六三年一二月二〇日午前一時三〇分ころ、大阪市都島区桜宮のホテル「○○」からデートクラブ「××」・「○○○」に電話してデート嬢を呼び、やってきたデート嬢HことHと性交した。その後、暴力団組員の知人を訪ねて広島に赴き、知人と二人で二軒のスナックに入ったが、二軒とも店員の応対が悪いと腹を立てて、グラスを投げつけたり、額のガラスを割ったり、知人を殴ったりなどして暴れた。その後、翌二一日午前三時ころホテルに入ってデート嬢を呼んだが、同女が風呂に入らないことに腹を立て、割ったビール瓶で首の当たりを突き刺した。その後性交を終え、二一日朝、同女を部屋に残したままホテルから逃げ出して大阪に戻り、その日は知人のIことI方に泊まった。

翌二二日、Iと共に出かけた際、前記のとおりF紙工で暴れていたことから、その仕返しを受けるのではないかと考え、金物屋で護身用に包丁(刃体の長さ約14.1センチメートル)を購入した。それから、午後四時三〇分ころにG工芸に赴き、社長が被告人を恐れて逃げてしまっていたことから激高して、包丁を振り回したり、ドアのガラスを割ったりなどして破壊した後、午後八時ころになって、Iと共にスナックに飲みに出かけたが、二軒目の「×××」でママの応対が悪いと腹を立て同女を殴る暴力を振った。そして、翌二三日午前〇時五〇分ころ、大阪市都島区〈番地略〉ホテル「○○シーズン」三階三一五号室に入り、そこからデートクラブ「××」・「○○○」に電話して、前記のHことHを同室まで呼んだ。しかし、所持金が一万円余しかなかったことから、同女に性交を断られ、その際、被告人は、「刺せ」との示唆的幻聴を受けたが、これに従わなかった。そして、次に、別のデートクラブ「○○○○」・「××××」に電話して、デート嬢を呼んだところ、Jが同室にやって来た。

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和六三年一二月二三日午前一時五〇分ころ、前記ホテル「○○シーズン」三階三一五号室において、電話で呼び寄せたデート嬢の前記J(当時二一歳)が部屋に入り、客のもとに到着した旨の電話をデートクラブへ入れようとした際、「刺せ」との幻聴を聞いて、同女が死亡することがあるかもしれないことを認識しながら、同女に背後から近付いて所携の前記包丁(刃体の長さ約14.1センチメートル)を右手に持ってその左脇腹を一回突き刺し、更に、全裸にならせた同女とベットの上で性交中、再び「刺せ」との幻聴を聞いて、同女が死亡することがあるかもしれないことを認識しながら、右包丁でその右背部を一回突き刺し、よって、同日午前三時二五分ころ、大阪市都島区東野田町二丁目四番八号医療法人明生会明生病院において、同女を右肺肺静脈刺創等により失血死させて殺害したものであるが、右犯行当時、生来のてんかん性要因の上に生じた覚せい剤中毒による活発な幻覚妄想状態のため心神耗弱の状態にあったものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、被告人は、本件犯行当時、てんかん性要因の上に生じた覚せい剤中毒による精神障害のため心神喪失の状態にあり、また、殺意がなかった旨主張するところ、当裁判所は、判示のとおり、被告人は心神耗弱の状態にあり、また、殺意が認められるものと判断したので、以下、その理由の要旨を述べる。

第一  刑事責任能力について

一  鑑定人斎藤正己作成の「殺人事件被告人X精神状態鑑定書」と題する書面、第一四回公判調書中の右斎藤の供述部分及び医師樫葉明作成の「殺人事件被疑者X精神鑑定書」と題する書面に前記認定の事実を併せれば、本件犯行当時の被告人の精神状態及びこれに至る経緯は、おおむね次のように理解することができる。

1  脳波検査所見によればてんかん性脳波異常がみとめられるので、被告人にはてんかん性要因が存するものと認められる。しかし、被告人の病歴にてんかん発作がみられないから、被告人がてんかん症それ自体に罹患していることは否定される。

2 被告人は、昭和五〇年一〇月ころから覚せい剤を使用するようになって、約一年後には幻聴やパレイドリア体験などの覚せい剤による慢性中毒とみられる症状を呈するまでに至っており、その後服役を繰り返したために、覚せい剤の使用期間がそれほど長くなってはいなかったにもかかわらず、昭和六二年九月の前刑仮出獄後も、なお、頭痛がしたり、幻聴や漠然とした被支配感があったりするなどの覚せい剤中毒の残遺症状とみられる症状が存した。そのような中で、昭和六三年二月ころより覚せい剤の使用を再開したため、覚せい剤による慢性中毒症状が持続的に出現するようになり、それと生来的なてんかん性要因とが競合することによって、次第に幻覚妄想状態、気分易変性、易被刺激性、感情爆発、衝動行為、不機嫌性、残忍性、粘着性が増幅され、まず当初は飲酒により抑制が緩んだときに衝動行為や独語などの異常行動が見られるようになり、覚せい剤の使用が激しくなった夏ころからは、命令的な幻聴を聞き、機械を埋め込まれ監視されているという迫害妄想を訴え、行動の異常性も一層増し、一〇月ころには被告人の周囲の関係者がすべて被告人を異常だと感じるようになっていた。そして、判示のとおり、本件犯行前にも、ますます覚せい剤による慢性中毒症状とみられる異常な行動が頻発していたことからして、本件犯行も覚せい剤による慢性中毒症状としての活発な幻覚妄想状態下で行われたものと認められる。したがって、本件犯行当時、被告人はてんかん性要因の上に生じた覚せい剤中毒による幻覚妄想状態という精神障害下にあったものである。

二 そこで進んで、前掲各証拠に照らして、右精神障害が本件犯行にどのような影響を及ぼしているかを検討するに、

1  先に判示したとおり、被告人は、本件被害者のみならず、本件被害者の直前に呼んだHことHについても、「刺せ」との示唆的幻聴を受けていたが、Hについては幻聴に従って刺してはいないことが認められるのであって、たとえ幻聴による示唆がなされても、被告人の恣意的選択の範囲内では自己の行為の制御が可能であったこと

2  被告人は、本件犯行の瞬間に体内に埋め込まれているペースメーカーから「刺せ」という示唆的幻聴を受け、自分の感情や意志ではどうにもならなかったというのであるが、被告人の供述内容を子細に検討すれば、被告人のいうところのペースメーカーというのは、一次的な原始妄想ではなく、覚せい剤中毒症状の下での自分の異常な行動が、自分自身の行動として理解できないことから、理解するための手段としてペースメーカーを考えたという二次的な解釈妄想である、すなわち、行為時に自らが他の何者かによって体を動かされているという実感があるわけではなく、頭の中で説明のためにそのように考えているに過ぎないものであること

3 被告人が覚せい剤の使用を始める以前の生活歴をみると、病前人格として、年少時から小児性、気分易変性、爆発性、自己顕示性、自己中心性などのかなり強い人格偏奇がみられるところであり、先に判示したとおり、本件犯行の二日前にも広島において本件と同様の行動に出ているが、その際には本件犯行時のような示唆的幻聴がなかったことをも併せ考えると、本件犯行は、被告人の病前人格と全く異質なものとはいいがたく、同人格とかなりの程度に連続性を有しているものと解されるのであって、もっぱら幻覚にのみ支配された行為とはいえないこと

4  先に判示したとおり、被告人には本件犯行前に覚せい剤による慢性中毒症状とみられる異常な他害行為が頻発していたが、それらの他害行為は、被害の対象になった人たちに対する敵意や依存心などの被告人の心理的布置と、先に指摘した被告人の強い人格偏奇を考慮しながら子細に検討すれば、動機においていずれも了解可能性が認められること

5  被告人は、本件犯行直後、部屋のチャイムが五、六回鳴るや、警察か女の連れの暴力団員が来たのではないかと思って慌てて部屋から逃げ出し、知人方に帰ってから凶器の包丁を玄関の下駄箱下に隠匿するなど、自己の置かれた状況を認識し、合理的な行動に出ていること

6  被告人は、本件犯行時及びその前後の状況について良く記憶しており、意識障害は存しなかったこと

が認められ、右認定の各事実を総合すれば、被告人が、本件犯行当時、行為の是非善悪を弁別し又はその弁別に従って行動する能力がない心神喪失の状態にあったものとはいえない。

もっとも、幻覚のあること自体、相当に高度な精神障害であり、かつ、その幻覚が本件犯行の契機となっていることは否定できないところであるから、本件犯行当時、被告人は右能力が著しく低い心神耗弱の状態にあったものと認められる。

第二  殺意について

本件犯行態様を見ると、被告人は、刃体の長さ約14.1センチメートルの鋭利な包丁で、被害者の左脇腹部及び右背部という、人の生命維持にとって重要な器官のある枢要部分をめがけて二回にわたり極めて強力に(右背部の刺創は、右第五肋骨、肋間を切破し、右胸腔内に入り、右肺上葉を刺破、肺静脈を切破して肺門部に達し、深さ一四センチメートルに及ぶ。左脇腹部の刺創は、第八、第九肋骨を切破し、胸腔内に入り、横隔膜を刺破し、胃前壁刺破、更に肝左葉を刺破して肝内に達し、深さ15.5センチメートルに及ぶ。)突き刺しているのであるから、少なくとも被害者があるいは死ぬかもわからないがそれもやむを得ないという未必の殺意を生じていたものと認められる。

(累犯前科)

被告人は、(1)昭和五八年七月一四日大阪地方裁判所で傷害、暴行及び覚せい剤取締法違反の各罪により懲役一年六月に処せられ、昭和五九年一〇月二六日右刑の執行を受け終わり、(2)その後犯した暴力行為等処罰に関する法律違反、逮捕監禁、傷害及び覚せい剤取締法違反の各罪により昭和六〇年一二月一八日東京高等裁判所で懲役二年六月に処せられ、昭和六二年一二月一八日右刑の執行を受け終わったものであって、右各事実は検察事務官作成の前科調書並びに昭和六〇年九月一八日付け及び同年一二月一八日付け各判決書謄本によってこれを認める。

(法令の適用)

被告人の判示所為は刑法一九九条に該当するので、所定刑中有期懲役刑を選択し、前記の各前科があるので同法五九条、五六条一項、五七条により同法一四条の制限に従って三犯の加重をし、右は心神耗弱者の行為であるから同法三九条二項、六八条三号により法律上の減軽をした刑期の範囲内で被告人を懲役八年に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中七〇〇日を右刑に算入することとし、訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。

(量刑の理由)

本件は、容易に助けを求められない密室であるホテルの一室において、しかも、被告人を客であると信じ、所属のデートクラブへ到着の連絡電話をかけようとしている無防備の被害者にその背後から忍び寄り、いきなり刃体の長さ約14.1センチメートルの鋭利な包丁でその左脇腹を力一杯に突き刺し、その後「助けてね。助けてね。なんでも言うことを聞くから。」と何度も哀願する被害者を全裸にならせて同女と性交に及び、その性交中にまたもや、全く抵抗不能の同女に対し、右包丁でその背部を力まかせに突き刺し、しかも、被告人は、その後においてなおも、自己の欲望を充足させるため、瀕死の状態で意識も失いかけている被害者を相手に性交を続けたものであって、右犯行の態様は、誠に卑劣、凶悪、残忍にして、自己中心的であり、悪質というのほかはない。

なるほど、被告人が本件犯行当時幻覚妄想等の精神障害の状態にあり、それ故に心神耗弱者の行為として法律上の減軽をすべきことは先に述べたとおりである。しかし、そこでも述べたように、被告人は右幻覚妄想等に完全に支配されていたものではないうえ、本件を敢行する契機となったのは幻聴であるとしても、右犯行態様及び前認定のとおり被告人が本件の前にも広島で本件と酷似した態様の犯行に及んでいることなどに照らせば、本件は、被告人の爆発性、残忍性、自己中心性等の異常な犯罪的性格の現れの一面でもあることが窺われるのである。また、右幻覚妄想も、被告人が意図せずに陥った病的状態ではなく、法律により厳しく禁止されているにもかかわらず、しかも何回も処罰をされながら、被告人自らの自由な意思で覚せい剤を乱用した結果にほかならず、同情の余地に乏しいものといわなければならない。

さらに、被害者の極度の恐怖感と二一歳の若さで一命を奪われた無念の気持ちは察するに余りあるところであり、また、当然のことながら被害者の遺族の被害感情は大変強く、現に母親は被告人に対し極刑を望んでいるのである。

以上の犯情に鑑みると、被告人の刑責は重いといわなければならず、被告人が樺太からの帰国者で、日本語が不自由で日本の風土に容易になじめなかったことや幼・少年時の生育環境が劣悪であったことなど被告人のために酌むべき諸般の情状を考慮しても、被告人に対しては主文の刑に処するのが相当である。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官大西忠重 裁判官河原俊也裁判長裁判官谷鐵雄は転補のため署名押印することができない。裁判官大西忠重)

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